微量ずつ混入してゆく秋

@mimei_maudet
Journal : 2022/07/19

7月19日。欧州はいま、酷い暑さにみまわれているという。イギリスも史上最高気温の40度を記録するのではないかという話だった。予定では東京に到着することになっていた日だった。けれども、ある大きな過ちをした結果、ストラスブールに残っている。それでいて、まるで時差ぼけにでもかかったように朝5時に目が覚めた。胸騒ぎがして外に出た。

ストラスブールの日の出は5時48分。東京より1時間8分も遅い。日が差してくるまで薄明のなかを歩きつづけることにした。暑くも寒くもない。どこまでも平坦な自転車みちが運河にそって続いていた。水面には子連れの白鳥の姿があった。春先に見かけたころは灰を被ったような色だったのが、光に洗われたように白くなっている。夏にかけてその白さに磨きがかかり、さらに透き通ってゆくのだろう。そのことを思うと、さみしさといたたましさにつまされ、それ以上歩けなくなってしまう。

振りかえると秋の気配がした。明るく冷たく乾いている。夏のとろける光の茂みのなかに、硬質な気配がひそんでいる。耳をすますと、体の芯が秋のさむさに微細にふるえているのがわかった。一本の白髪のような体の芯だった。

17歳の夏の終わりのことを思い出す。そのときはまだ、名古屋市の東山という山の裏手にひとりで住んでいた。朝まだきに仕事先のパン屋にむかうためにアパートを出た。駐輪場からスクーターを引っぱりだし、アパートの前の坂道を惰性で下りていこうとした。というのも、下り坂の先の谷間の交差点まで来たところでエンジンをかける癖があったのだった。スクーターに足をかけたときになって、6歳くらいの女の子の手を連れた母親が坂道をのぼってくるのが目にとまった。

母親のほうは裸足だった。ふしぎと驚きはしなかった。自分自身、まだ夢見心地なところがあったのかもしれない。しかし、通りがかりぎわに子供を見ると、髪の毛に白髪が何本か混じっていった。なぜだろう。そのことに、ただそのことだけに、虚を突かれた。はじめは、自分自身、その驚きに気づかずにいた。後になってから、じわじわとこみ上げてくるものがあった。そして、いまのいまになっても忘れられずにいる。

谷間の交差点でエンジンをかけてのぼりはじめたときになって、突然、むごたらしさに似た何かが胸をつき、息ができなくなった。だれでも、白髪くらいはあるのだった。ふだんはよく見えないというだけで、17歳だった自分の髪の毛にも、よく見れば白髪はきっとあったのだった。ただ、それが歳とともに微量ずつ増えていく、というただそれだけのことなのだった。それだけのことにあまりにも酷い胸騒ぎがした。